きたざわラジオ
1970年代初頭から日本の“洋楽黄金期”を駆け抜けてきたミュージックマン・北澤孝(きたざわたかし)が、自身のレコード会社勤務時代に担当してきたヒット作品、アーティストについて、“これは困ったなぁ”という思い出と共にエピソードをご紹介していく番組です。“あのヒット作品には、こんな裏話や苦労話があったのか”と、新たな側面から作品の魅力を発見していただければ幸いです。
[全6回、隔週金曜13時更新予定]
#1 きたざわラジオ
邦題のネーミングで困ったなぁ
第1回は、洋楽プロデューサー・北澤孝がレコード会社入社直後に担当した、ポール・モーリアの楽曲「エーゲ海の真珠」(原題:Penelope)の邦題のネーミングで困ってしまった、というエピソードをご紹介します。
#2 きたざわラジオ
業界の偏見で困ったなぁ
第2回は、洋楽プロデューサー・北澤孝がレコード会社勤務時代、1976年にデビューしたガールズ・ロックバンド「ザ・ランナウェイズ」のプロモーションを担当した際、当時の音楽業界の偏見で困ってしまった、というエピソードをご紹介します。
#3 きたざわラジオ
ビジュアル素材ゼロで困ったなぁ
第3回は、洋楽プロデューサー・北澤孝がレコード会社勤務時代、1980年にデビューしたエア・サプライ「ロスト・イン・ラヴ」のプロモーションを担当した際、良いビジュアル素材が無くて困ってしまった、というエピソードをご紹介します。
#4 きたざわラジオ
TVマーケティングで困ったなぁ
第4回は、洋楽プロデューサー・北澤孝がレコード会社勤務時代、2000年にバックストリート・ボーイズが初の来日プロモーションをした際、新会社設立間もなかったため宣伝費がなく、TVマーケティングで困ってしまった、というエピソードをご紹介します。
#5 きたざわラジオ
来日が決定!でも困ったなぁ
第5回は、洋楽プロデューサー・北澤孝がレコード会社勤務時代、2001年にバックストリート・ボーイズの来日が決定したものの、レコード会社移籍直後だったため販売する商品がなく困ってしまった、というエピソードをご紹介します。
#6 きたざわラジオ
海外からの情報不足で困ったなぁ
第6回は、洋楽プロデューサー・北澤孝がレコード会社勤務時代、現在と比べて極端に情報が少なくて困ったなぁというエピソードを、今だから笑って話せる苦肉の策とともにご紹介します。
「きたざわラジオ」全6回をお楽しみいただきありがとうございました。
北澤 孝 (きたざわ たかし)プロフィール
1947年、東京生まれ。
1970年、日本フォノグラム(現:ユニバーサル ミュージック)に入社。
洋楽プロデューサーとして、数々のアーティストや作品のプロモーションに携わる。
2000年、ゾンバ・レコーズ・ジャパンの社長に就任。
現在はフジパシフィックミュージック勤務。
【携わったアーティスト】
ロッド・スチュワート、ザ・ランナウェイズ、レオン・ラッセル、ジェネシス、
プリテンダーズ、エア・サプライ、トーキング・ヘッズ、ホイットニー・ヒューストン、
ボン・ジョヴィ、バックストリート・ボーイズ、ブリトニー・スピアーズ 他