Vol.55 レコード会社経営に参加したDJ、ディック・クラーク
1959年、アメリカのディスク・ジョッキー連中がレコード会社から金銭をもらって、彼らの要求するレコードを放送していた、という、いわゆるペイオラ騒ぎが全米で大きく問題となり、これを調査する特別委員会の調査によれば1959年だけで、調査できたものだけでも、全米42の都市で207のディスク・ジョッキーが総額263.245ドルのお金をレコード会社、音楽出版社から受取っていた、という。そしてこの委員会に呼ばれ調べられた多くのディスク・ジョッキーは有罪の判決を受けている。“ロックン・ロールの父”と呼ばれた「ムーン・ドッグ・ショー」のDJ、アラン・フリードも有罪、とされている。しかし、ディック・クラークは“あなたに、レコード会社などが特定のレコードを放送して欲しい、と金品をもって要求してきたり、あるいは、そうしたことを他のDJにしたりしているのを見たり聞いたりした事がありますか?”という委員会の質問にも“いいえ、そうしたことがある、という新聞や雑誌の記事は読んだことがありますが、実際に自分のところでは起こっていませんし、他のDJにもそうしたことがあったかどうか判りません”と答え、無罪となっている。
しかし、ディック・クラークが神のように清潔であった訳では勿論ない。彼はただ自分の名前がレコード会社の給与支払いリスト(多くのDJは特定のレコード会社から毎月いくらかづつもらっていた)に載る、ということも、作詞、作曲家として自分の名前をヒットさせようと業界の思っている曲に貸す、ということもしなかったかわりに、もっとスマートで、しかも賭けの大きい方法をとっていたのである。それは、自分がレコード会社の経営をすることである。
1959年のペイオラ調査委員会が調べた時点でのディック・クラークの音楽業界での投資は次のようなものにされていた。
1.Jamie Record(レコード会社)の株式の25%
2.SRO Artist(タレントのマネージメント会社)の株式50%
3.Chips Record Distributing Corp.(レコードの販売会社)の株の1/3
4.Sea-Lark, January Music(音楽出版社)の株100%
5.Swan Record(レコード会社)の株の50%
6.Hunt Record(レコード会社)の株の100%
7.Mallard Pressing Plant(レコードのプレス会社)の株50%
8.Globe Record Manufacture(レコードのプレス会社)の株100%
9.Drexel Television Productions(テレビ番組制作会社)の株100%
つまり、ディック・クラークは1枚のレコードをかけて1回何ドルとレコード会社からもらう代りに、もっと大きな取り引きをしたのである。しかも合法的に。
参考までに上にリストされた会社がどういったものであったか簡単に説明を加えておこう。
Jamie Recordは、“トゥアンギー・ギター”のデュアン・エディが所属していたレコード会社。SROは、デュアン・エディのマネージャーとディックが設立したタレント・マネージメント会社で、当然デュアンが所属していた。一時ボビー・ダーリンをここに所属させようとしたが失敗している。(4)はジーン・ピットニーなどのヒット曲を持っている出版社(その後のアーロン・シュローダーに売却され、数年前にアリオラの資本をバックにしたマイク・スチュアートに買収されている)。(5)はフレディ・キャノンやディッキー・ドゥーとドントなどが所属していたレコード会社(6)のハント・レコードは、「ギター・ブギー・シャッフル」というヒットを出したインストゥルメンタル・グループ、ヴァーチューズのいたレコード会社__といった具合である。