COLUMNコラム

JIDORIの洋楽雑考

いろいろな切り口やテーマで、音楽ライター、JIDORIが洋楽を斬る!
Vol.17

郵便受けに名前を書いたあの日〜Daryl Hall & John Oates

2019.01.30
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皆元気? 洋楽聴いてる?アカデミー賞の前哨戦とも言われるゴールデン・グローブ、「Bohemian Rhapsody」が作品賞、ラミ・マレックが主演男優賞を獲得、世界中でエラい騒ぎを巻き起こしている。バンドを題材にした映画がこんなにヒットしたのって、ちょっと記憶にないよね。TVで若き日のQueenの姿を見る機会もちらほら。"こいつは春から"というワケで、洋楽の世界がますます盛り上がりますよう...
さて、今回取り上げるのは、来年めでたく結成50周年を迎えるDaryl Hall & John Oates。ほとんどの機会で「ホール&オーツ」という略称で呼ばれる彼らだが、過去の作品を見ても、"Hall & Oates"とクレジットされたものはない。実際、本人たちはあまりこの呼ばれ方を好きではないらしい。ペンシルヴェニア州生まれのダリル・ホール(1946年生まれ:本名の綴りはHohl)と、NY生まれのジョン・オーツ(1948年生まれ)が最初に顔を合わせるのは1967年。
それぞれがThe TemptonesとThe Mastersというバンドに在籍しており、いわゆるバンド・コンテストに出場したのだが、会場でギャングの銃撃戦が起こり(どういうコンテストなのか...)、2人で同じエレベーターに逃げ込んだのが最初の出会いらしい。その後揃ってテンプル大学(フィラデルフィア)に進学し、意気投合。シェアしていたアパートの郵便受けに"Hall & Oates" と書いたのが、その後のデュオ誕生のきっかけ。1970年にオーツがヨーロッパ滞在から戻り、活動を本格化。アトランティック・レコーズからデビュー作「Whole Oats」を72年にリリース。当時、アトランティックとまったくの新人が契約するというだけでもかなりの偉業だと思うんだけど、それと裏腹に同レーベルに残した3枚の作品はヒットからは程遠い結果となってしまった。しかし、セカンド「Abandoned Lunchonette」(73年リリース)収録のシングル「She's Gone」が不思議な形で脚光を浴びる。「Saturday Night Fever」にも参加した兄弟グループThe Tavares Brothers(タヴァレス)や、ルー・ロウルズという黒人アーティストが同楽曲をカヴァー。前者がBillboard R&Bチャート1位に輝くことに(1974年)。
1975年には彼らは新興レーベルRCA へと拠点を移し、同年「Daryl Hall & John Oates」アルバムを発表。通称"Silver Album"と称される同作品。非常に印象的なアルバム・カヴァーのコンセプトはデヴィッド・ボウイの「Ziggy Stardust」で有名なピエール・ラロッシュによるもの。「僕がいっしょに外出したくなるような女性のイメージをメイクで表現してみた」というのはホールのお言葉。一瞬オーツが女性と2人でジャケに写っているのかと思うような見事な化けっぷりである。で、片や過剰なチークが目立つ結果に終わったオーツの方の発言は...あまり見当たらない。移籍(とメイク)が功を奏したのか、シングル「Sara Smile」は彼らにとって最初のトップ10シングル(4位)となるのだが、それもアルバム・リリースから約1年が経過した76年6月のこと。
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パッと出て、すぐに売れれば万々歳だろうけど、楽曲がきっちり評価されて結果がでるまでには、やっぱりこれくらいかかるよねぇ。当時の音楽環境、アメリカの国土の巨大さを考えればなおの事。で、"このヒットに乗らぬ手は無い!"と、乗り込んできたのが前契約先のアトランティック。同年に「She's Gone」のオリジナル・ヴァージョンを再リリース。同楽曲は発売から実に3年という歳月の後、Billboardシングル・チャートで7位に輝いた。更に夏にリリースされていた「Bigger Than Both of Us」収録の「Rich Girl」が決定打となる。翌1977年3月、遂に念願のシングル1位をゲット!

その後「Beauty on a Back Street」(1977年)、「Along the Red Ridge」(78年)の2作のアルバムは比較的静かな動きで終わったのだが、これは当時全盛を誇っていたディスコ・サウンドの影響が大きい。 オレ自身の洋楽体験がこの辺りからなのだが、最初に彼らの名前を聞いたのは1979年のアルバム「X-Static」あたりだと思う。全米ではTop 20で終わったのだが、当時の洋楽チャート番組ではかなり上位にランクされていたシングル「Wait for Me」の印象は今でも非常に強い。Blue Eyed Soul なんていう単語も知らなかった当時、この楽曲の、とことん洗練された作りには本当に驚かされた。もっとも、その後過去作品を聴いて、もっと驚くんだけど。当時、RCAはホールをプッシュするという悪巧みをしており、実際にソロ・アルバム制作にこぎつけるのだが、ホールが選んだプロデューサーが、何とあの"プログレの鬼才"ロバート・フリップ先生(一度、成田空港の出発カウンターで御仁をお見かけしたのだが、ぴちっとした英国風スーツにギター・ケースという、まか不思議な出で立ち。ケースにあったお名前で彼だと分かった...)。当然企画は半ば倒れる形となり、数年後にひっそりとリリースされた(「Sacred Songs」/ 1980年)。翌1980年は2人にとって非常にエポックメイキングな年になった。過去には大物プロデューサーに仕事を任せていた時期もあった彼らなのだが、どうもしっくり来ない。これはプロデューサーというバイアスがかかることによって、作品が自分たちの理想とは違う形になっているという結論に。また、レコーディングにはツアー・メンバーなど身近な人々を起用することに決定。さらには当時ホームタウンになっていたNYのサウンドをそのままアルバムにパッケージするということを命題とし、セルフ・プロデュースでアルバムに取り掛かる(エンジニアにはニール・カーノンを起用)。こうして完成したアルバムが「Voices」である。
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3枚目のシングルとなった「Kiss on My List」が「Rich Girl」以来となる1位を獲得(81年4月)。その後リリースの「You Make My Dreams」も5位にランクイン。またこのアルバムには後にイギリス人シンガー、ポール・ヤングがカヴァーしBillboard1位を獲得した(85年)「Everytime You Go Away」が収録されていることも重要。こうなると彼らの勢いは止まらず、81年に「Private Eyes」をリリース。
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前作がチャートを賑わせている間にすでに作業を開始していたというだけに、作品には自信と、ある種の貫禄さえも感じられる。本作からはタイトル・トラック、そして「I Can't Go for That (No Can Do)」が連続して1位を記録。後者はR&Bチャートでも1位に輝くという異例の成功を収めている。また、当時はMTV全盛期。「Private Eyes」のPVを覚えている方も多いと思う。メンバー全員が参加/演技しているこの作品、本人たちが好きではないという「ホール&オーツ」という呼称がデュオのそれというよりも「グループ名」として意識される役割を果たした気もする(特に日本では)。そして1982年(とさらっと書いているが、スゴい創作意欲だ)、彼らの最大のヒット作「H2O」を発表。Billboard 4週連続1位を記録した「Maneater」は本作収録だ。モータウンっぽいビートのイントロが印象的なこの楽曲、「当時ラジオで流れていないような曲を作った」というのはホールの言葉だが、類稀なるオリジナリティとポップさを兼ね備えた80年代を代表する楽曲の一つと言って良いだろう。
1983年のベスト「Rock'n Soul Part1」を挟んで、84年に「Big Bang Boom」をリリース。本作からは、彼らにとって6曲目のNo.1 シングルとなった「Out of Touch」が生まれ、RIAA(アメリカレコード協会)は彼らを「ロック史上最も成功したデュオ」と認定するに至った。とは言え、前作「H2O」のチャート3位を最高位として、「Big Bang Boom 」は5位。意外なことにアルバム・チャート1位になったことはないんだよね。1985年のライヴ作品「Live at the Apollo」でRCAとの契約は終了、その後Arista に移籍。1988年の「Ohh Yeah !」を皮切りに、1990年代に2作、2000年代には3作のアルバム制作と、少しペースを落としながらも活動を続行、2014年にはKISS、Nirvana ら(どういう人選か...)と並んで、Rock and Roll Hall of Fameへの参加、殿堂入りが発表された。
同じ年にデュオとしては初めてのアイルランド公演(ソロではそれぞれ経験済み)が開催され、その模様を映像作品としてリリース。実はそれを見ながら本稿をしたためているのだが、とにかく2人とも異様に若い。いつのまにかホールの方のヒゲが濃くなっていた(稲川淳二的な...)のには焦ったが、そのパフォーマンスたるや、80年代のそれとほとんど変わらない。どうしてもホールに目が行ってしまう傾向があるんだけど、オーツのギターの細かいテクニック(これ、残念ながらPVだとまったく伝わらない)、絶妙なコーラスも相変わらず。「ロック史上最高のデュオ」という呼称が彼ら以外に譲り渡されることは今後まずないだろう。ロック、ソウルを絶妙にブレンド、そしてポップに仕上げる。新作のニュースは今のところ入ってきていないが、2人の職人技をまた体感できる日が来ますように。では、また次回に!
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● Profile:JIDORI

メジャーレコード会社の洋楽A&Rの経験もある音楽ライター。「INROCK」を始めとする洋楽系メディアで執筆中。ユニークで切れ味の鋭い文章が持ち味。
 
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